【解説】英与党・労働党、12時間の政局で首相が弱体化 3人の有力者はどう動いたのか

黒い車の後部座席から降りるレイナー氏(ベージュのジャケット、緑色のパンツ、縞模様のパンプス、白い縁のサングラスを身に着け、スマートフォンを手にしている)、木立の中をジョギングするバーナム氏(地元サッカーチーム・エヴァトンの昔の青いジャージ、黒い短パン、オレンジ色のスニーカー)、ダウニング街を歩くストリーティング氏(紺色のスーツにえんじ色のネクタイ)

画像提供, PA Media and Reuters

画像説明, 労働党の党首選はまだ始まっていないが、一部の政治家は党首の座を視野に動き始めている様子。(左から)レイナー前副首相、バーナム市長、ストリーティング前保健相
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ジョー・パイク政治担当編集委員

イギリスのチャールズ国王は13日、議会上院で「国王の演説」を読み上げた。政府がまとめた施政方針演説だ。それをキア・スターマー首相が見守る中、与党・労働党内では首相の最大のライバル3人が次の一手を準備していた。7日のイギリス地方選で、労働党が大敗した結果を受けての事態だ。

イングランド北部グレーター・マンチェスターのアンディ・バーナム市長はこの日の大半をかけて、かつてスターマー氏を熱心に支持していたジョシュ・サイモンズ議員を、労働党を救うために下院議員を辞職するよう説得した。

ウェス・ストリーティング保健相(当時)は議事堂内にいて、最も近い側近たちと共に、自分が長年望んできた保健相の職を辞任すべきかどうか検討していた。

同日午後には、アンジェラ・レイナー前副首相がロンドンのホテルの一室で、自分の納税問題について歳入関税庁と決着したことを発表するテレビインタビューをひそかに収録していた。

翌日には12時間にわたり、労働党内に混乱が続いた。その中で3人はそれぞれ行動を起こし、それぞれに首相の立場を弱めた。

レイナー氏の復帰

12日午後に歳入関税庁から重要なメールが、レイナー氏の税務を担当するグレアム・アーロンソン弁護士に届いた。

前副首相のチームは、何よりもその内容にほっとした。「こちらの主張が正しかったと証明された」と、支持者の1人は話した。

「重要なのは、彼女が脱税したわけでもなければ、不注意だったわけでもないということが認定された点だ」とも、この支持者は述べた。ただし、レイナー氏は未払いだった印紙税4万ポンドを納めている。

歳入関税庁による決定のタイミングは予想外だったが、レイナー氏にとっては最善のタイミングになり得る好機でもあった。スターマー首相の進退をめぐり労働党の下院議員団が分裂し、党首選の可能性が浮上していたまさにその時に、レイナー氏の納税問題が決着したのだ。

しかし、レイナー氏は国王の演説に重なるタイミングでこれを発表することで、演説のインパクトを損ねたり、自分が閣僚として策定を手伝った法案の発表に水を差すようなことは、望んでいなかったのだと、支持者たちは話す。

ただし、自分の納税問題が収束したというニュースは、国民に伝わる形で発表したい。レイナー氏はそう考えていた。

新聞1紙とテレビ1社を相手に、計2件のインタビューを行い、翌朝に公開するのが最善だと、側近たちは判断した。

そして13日、演説を終えた国王は王冠を外し、礼装のマントを脱ぎ、馬車でバッキンガム宮殿に戻った。レイナー氏はその後、ロンドン中心部で英紙ガーディアンのピッパ・クレラー記者と会い、続いて近くのホテルのスイートルームで、民放ITVのポール・ブランド記者の取材を受けた。

二つのインタビューは、14日午前6時に公開された。

「確実に世間に届くよう、時間帯を選んでのことだった。ほかのドラマチックな展開が始まる前に、一定の注目を集めることができた」と側近は話した。

レイナー氏は、首相に事前に伝えていなかった。

ストリーティング氏の辞任

イギリス政界の中心地、ロンドン・ウェストミンスターでレイナー氏のインタビューが話題となる中、ストリーティング氏は保健相を辞めるのかとどまるのか、まだ決めていなかった。

「週の初めの時点では、辞任するつもりはなかった」と、ストリーティング氏の同僚の1人は話す。しかし、日一日と時間がたつほど、辞任は避けられない状態になっていった。

13日の短時間の対面で、ストリーティング氏はスターマー首相に対し、首相の指導力が信用できなくなったと伝えた。

しかし、今や「前保健相」となったストリーティング氏の今後は、まったく不透明だ。同氏を「腰抜け」と批判したり、党首挑戦に必要な数の議員の支持をまったく集められていないと指摘したりする声も出ている。

しかし、側近たちはこれを否定する。「(支持議員の)一覧を見た」と主張する人もいる。

別の同僚は、「下院議員に次々と声をかけていく中で、必要な支持者の人数は確保していた。しかし、そうやって大勢の議員と話し合ううちに、党首選にするなら、できるだけ幅広い候補が参加できるものにする必要があると、そう判断した」のだと述べた。

「つまり、アンディ・バーナムに意思表示の機会を与えて、もし本人が望むなら(中央政界に)戻る機会を与える必要がある、という意味だった」

さらに、仮に党首選で勝利したとしても、ぎりぎりではなく説得力のある形で勝たないことには、難しい法案を通す際に与党議員の支持を得られないだろうという認識も、ストリーティング氏のチームにはあった。

ストリーティング氏は14日の朝に、ついに決心した。

「閣僚や官邸関係者の中には、慰留する人たちもいた」が、「議会の仲間と話し、決断した」のだと、支持者は明らかにした。

ストリーティング氏は、議会議事堂があるウェストミンスター宮殿の中、重厚な木の壁の執務室で、辞表を書いた。

「軽い気持ちで決めたのではない」と、同氏の友人の1人は言う。

「しかし、いざ決心してみると、これは正しいことだし、名誉あることだと彼は確信した。沈痛な思いではあったが、強い信念をもとにした行動だった」

辞表は官邸に、電子メールで送られた。その時、ストリーティング氏はスタッフと彼を支持する下院議員数人に囲まれていた。

それから間もなく、14日午後12時58分にソーシャルメディア「X」にその辞表を投稿した。

ちょうどその時、スターマー首相はロンドン南西部で見習い労働者と面会するため移動中だった。ストリーティング氏によるこの発表を受け、予定されていた訪問は中止された。

バーナム氏の賭け

この間、バーナム氏から辞任すべきと説得されていた労働党のジョシュ・サイモンズ下院議員(32)の家族と友人たちは、「それだけの価値があるのか」と自問していた。最終的な答えは「イエス」だった。

サイモンズ議員と妻は、バーナム市長と面談し、市長のためにメイカーフィールド選挙区の下院議席を自分が譲ることの意義は何かについて協議し、市長に次々と質問を浴びせた。

夫妻の判断の決め手となったのは、バーナム氏がメイカーフィールドの補欠選挙で勝てるのかどうかではなく、バーナム氏が首相になり労働党を立て直せるかどうかだった。

「ジョシュは、地元議員としての経験を通じて先鋭化していった。ウェストミンスターの内部崩壊を見て、今こそアンディ(・バーナム)が戻る好機だと考えた」のだと、サイモンズ氏の友人は話す。

バーナム氏はメイカーフィールド選挙区内に住み、子どもも地元の学校に通った。

3児の父のサイモンズ氏は、とてつもなく頭脳明晰(めいせき)との定評を得ている一方、今年3月には、議員就任以前に労働党系シンクタンクを運営していた当時の問題をめぐり、政務次官ポストを辞任していた。

下院議員は辞職したが、サイモンズ氏の政界復帰を予想する声もある。特に、将来のバーナム政権で、政策立案にかかわる重要な役割を担うのではないかという見方もある。

議員を辞めるどうか悩んだ挙句、遂に辞職したサイモンズ氏はすでに、メイカーフィールド補選で労働党の勝利を確実にするため、活動を開始している。

「これは、労働党の歴史を変える可能性がある時期だ」と、サイモンズ氏に近い関係者は話した。「その重要性を踏まえれば、ジョシュはノーと言うつもりはなかった」。

サイモンズ氏はウィガンの自宅で家族と過ごしながら、ソーシャルメディアで辞任を発表した。

その直後、バーナム市長も補選に立候補する意向を表明した。

報道陣がやってくるかもしれないと心配し、サイモンズ氏は窓のブラインドを閉め、ドミノ・ピザを注文したあと、就寝した。

日付が変わるのを目前に、ストリーティング氏とバーナム氏は電話で話した。

党首選でライバルになり得る2人のやり取りは温かいものだったという。ストリーティング氏は、メイカーフィールド補選でバーナム氏を応援すると約束した。

イギリス政治において、なんとも異様でやや忘れがたい1日が、こうして終わった。

ニュースを動かすほどの労働党の有力政治家3人が、わずか12時間の間に相次いで、こうして政局を動かしたのだ。

レイナー、ストリーティング、バーナム各氏は事実上、党首選の始まりをこうして合図した。実際には党首の座は空席ではないし、だれも正式には立候補していないし、スターマー首相は相手が誰だろうと挑戦には対抗すると述べているのだが。

しかし、首相の立場はここ数日で弱まっている。同僚の多くは、スターマー氏が「辞任するのかどうかではなく、いつ辞任するのか」という状態かもしれないと認めている。