「ガーナは犯罪現場だった」 奴隷貿易の補償要求を主導するアフリカの国

手前に18世紀ヨーロッパの服装を身にまとった人がいる。帽子をかぶり、机の上の文書に羽ペンで何か書こうとしている。奥では、薄い奴隷服を着た人々が鎖につながれて歩いている

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画像説明, ガーナで6月に開催された奴隷制への補償に関する国際サミットでは、アクラにあるかつての奴隷取引拠点のクリスチャンスボー砦(とりで)で、大西洋奴隷貿易の再現劇が披露された
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アリーム・マクブール宗教編集長(ガーナ・アクラ)

大西洋奴隷貿易に関する世界的な議論は今年、そのトーンが劇的に変化した。

奴隷制度から利益を得た国や機関に対し、正式な謝罪、債務減免、金銭的補償を求める声が一段と強くなっている。

3月には国連で、奴隷制度を「人道に対する最も重大な犯罪」と認定する決議が採択された。ただし、アメリカは反対票を投じ、欧州諸国はすべて投票を棄権した。

ポルトガルとともに大西洋奴隷貿易を支配していたイギリスは、補償金の支払いを一貫して拒否している。イギリスが被害を及ぼした国々に「負っている」損害賠償の金額は、推定で数兆ポンドに上る。それを考えると、イギリスの姿勢はおそらく意外なことではない。

それでも、補償問題で主導的な役割を果たしているガーナに、要求を推し進めるうえでひるむ様子はない。

ダークスーツ姿の人が前を見ている。スーツのラペルにガーナ国旗のピンバッジがついている
画像説明, ガーナのサムエル・オクジェト・アブラクワ外相。「ガーナは加害者の責任を追及することに関して、沈黙しているわけにはいかない」と述べている

国連の決議案を提出したのはガーナだった。6月には同国の首都アクラで、補償に関する首脳級会合(サミット)が開かれた。約80カ国の代表が出席し、補償はとうに実施されているべきとの結論に至った。

「ガーナは常に汎(はん)アフリカ主義のリーダーとなってきた。私たちは、サハラ以南のアフリカで最初に独立を達成し、帝国主義の強大な力に立ち向かい、勝利することが可能だと証明した国だ」。ガーナのサムエル・オクジェト・アブラクワ外相は、私にそう言った。

ガーナは、アフリカ連合から「補償的正義の推進者」としての特別な責任を与えられている。同国の政治指導者らは、この役割を明らかに真剣に受け止めている。

その理由の一つとして、かつて強制的に家から連れ去られ、村から引き離され、それまでなかった規模で非人間的な扱いを受けた推定1200万人のアフリカ人のうち、約10~15%が現在のガーナ出身だったということがある。ガーナの海岸からは、さらに多くの人が船で運ばれた。

「ガーナは、こうした残虐行為の犯罪現場だった。だからこそ、ガーナは加害者の責任を追及することに関して、沈黙しているわけにはいかない」とアブラクワ氏は言う。

同氏は、補償的正義の実現を求めている。教育のための助成金、アフリカの若手起業家向けのベンチャーキャピタル、奴隷制の深刻な栄養失調や非人道的な状況に根本原因があるとの主張もある慢性的な健康問題に関する研究資金などを提供する制度の構築だ。

これはアフリカ各国の指導者たちが直接、金銭的利益を得るためのものではないと、アブラクワ氏は強調する。ただし、最近開催された補償関連サミットで提示された要求には、債務の減免がはっきりと盛り込まれた。

紫色のローブを身にまとったマラーリー氏が大きな黒い扉の前で祈りをささげている

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画像説明, ガーナのケープコースト城の「帰らずの扉」では最近、英イングランド教会最高指導者のサラ・マラーリー・カンタベリー大主教が祈りをささげた

アブラクワ氏はまた、奴隷貿易から利益を得た各機関が責任を問われ、補償金を支払うべきだと主張している。それには英イングランド教会も含まれる。

イングランド教会は18世紀、宣教部門が農園を経営し、大勢の奴隷を所有していた。これにより、アメリカ大陸各地などでの宣教活動の資金の一部を得ていた。

同教会の指導者らの多くも、個人的に奴隷を所有していた。教会基金がまとめた最近の報告書によると、教会は奴隷貿易に多額の投資をし、そこから多大な利益を得ていた。

同教会トップのサラ・マラーリー・カンタベリー大主教は7月、就任して最初の外国訪問の一つとしてガーナを訪れた。

大主教は、イギリスが運営していた数多くあった沿岸要塞(ようさい)の一つで、奴隷にされた人々がアメリカ大陸への過酷な「中間航路」を耐え忍ぶ前に収容されていた、ケープコースト城を訪れた。

大主教はそこで、奴隷たちが収容されていた地下牢(ろう)を見て、船に乗せられる前に強制的に歩かされた「帰らずの扉」をくぐった。大主教は感極まった様子で立ち止まり、祈りをささげた。

「大西洋奴隷貿易がいかに邪悪な行為だったかを痛感した。大勢が置かれていた恐ろしい状況には、深く心を動かされずにはいられない」と大司教は述べた。

ケープコースト城の外観を側面から見た写真。城壁の下の海岸には、大西洋の波が打ち寄せている

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画像説明, ケープコースト城は、西アフリカの大西洋沿岸に点在する要塞の一つ。米大陸に連れて行く奴隷の収容施設として使われた

大主教はまた、地下牢の真上に位置する、17世紀につくられた礼拝堂でも祈りをささげた。

「私にとってここは、奴隷貿易に教会が深く関わっていたことを生々しく示すものだ」と、大主教は言った。「この下で行われていた恐ろしい出来事を、教会はどうやって傍観できたのか」。

大主教はさらに、「イングランド教会は、大西洋奴隷貿易において私たちが果たした役割について謝罪した。同時に、それに関連した行動が必要だとも述べてきた」と述べた。

同教会は、奴隷貿易による長引く影響が今も続くとされる地域社会の支援を目的に、1億ポンド(約215億6000万円)規模の社会貢献基金を設立している。

しかし、教会内部では、この基金の設立に抵抗する動きがある。ちょうど、関係各国に補償金の支払いを求める世界的な動きに対し、あらがう声が出ているのと似ている。

主要な反論の一つは、アフリカ人の中にも、同胞を捕らえ、売るのに加担していた人々がいたという事実に焦点を当てている。

しかし、アブラクワ氏は、この見方を断固として否定する。「これは分断統治と、非常に巧妙な混乱を引き起こすことを目的とした策略だと思う」。

アブラクワ氏は、奴隷制度全体の構造は西洋の奴隷所有勢力が構築したものだと強調。そうした勢力が、自分たちの計画を実行するために、地元の人間を利用したに過ぎないとしている。

同氏はまた、貿易に関する法律、保険制度、金融構造の考案にあたり、「アフリカ人は議論の場にいなかった」と指摘する。

「この残虐行為を企てた者たちと同等の罪をアフリカ人が犯し、共犯者になったとの主張を、私たちは強く非難し、断固としてはねつける」

青と紫が基調の伝統的な衣装を身に着けた人が、装飾の施された椅子に座って前を見ている

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画像説明, ガー族の指導者キング・タッキー・テイコ・ツル2世。先祖が奴隷貿易に関与していたことについて謝罪した

しかし、ガーナ国内では、アフリカの共犯関係をめぐる議論ははるかに複雑だ。一部の伝統的な指導者が過去の行いを認めることは、癒やしのための重要な前提条件となっている。

ガーナのガー族の指導者ガー・マンツェのキング・タッキー・テイコ・ツル2世は、最近、祖先が奴隷貿易に関与していたことについて公に謝罪した。

「大西洋奴隷貿易は人類に対する最大の犯罪であり、祖先もその貿易に加担していたと私は考えている」

ガー族は、欧州人との交易で中間業者となった。金、象牙、そして最終的には奴隷とされたアフリカ人(多くは地域の紛争で捕らえられた人々)を売り、主にイギリスとオランダが持ち込んだ織物、酒、銃などの工業製品と交換した。

キング・タッキー・テイコ・ツル2世は、ガー族の共犯関係だけでなく、他のアフリカ人の共犯関係についても謝罪する必要があると感じていた。

「私は、すべての伝統的な権威者、そして私の祖先や先祖が、私たちの兄弟姉妹の奴隷化に加担したことに対し、それらの人々に代わって謝罪するという点で同じ立場を取る」

「それはこれまで、人々の生活や社会に影響を与えてきた。前に進むためには、過去を振り返らなくてはならない。自分たちの過ちを認め、それを正す必要があることに、私たちは気づいたのだ」

キング・タッキー・テイコ・ツル2世は、奴隷貿易で利益を得た者たちは補償金を支払う必要があると強く信じている。自分自身についても、金銭的な償いをしなくてはならないと認めている。

「それは道徳的な勇気と信頼性の基盤を形成すると、私は信じている」

彼にとって、過ちを認めることは、ヨーロッパのさまざまな帝国の罪を薄めるものではない。それよりも、アフリカの道徳的な立ち位置を強固にし、前進の模範を示すものだ。

ガーナは、奴隷貿易によってもたらされた傷を癒やすことにおいて、別の面でも先導的な役割を果たしている。アフリカから離散した人々(ディアスポラ)、中でもアフリカ系アメリカ人を、アフリカ大陸に招待する大規模キャンペーンを展開しているのだ。

これは、大勢に共通するトラウマとなる過去の話を通して、人々が結びつく手段として推進されている。「補償」は、非常に人間的なレベルでの「修復」に焦点を当てている。

現在、米ハワード大学の博士課程に在籍するガーナ人のヤウ・アサレ氏はかつて、アフリカ招待キャンペーンを運営していたガーナ大統領府のディアスポラ事務所で勤務していた。

ガーナの伝統的な仮面が並んでいる。仮面の上部には、ラムズ、ベアーズ、コマンダーズといったアメフトチームのロゴとチーム名が描かれている
画像説明, ガーナでは、アメリカンフットボールの米NFLのチームロゴがあしらわれた、ガーナの伝統的な仮面が売られている

アサレ氏は当初、世界中から黒人が集まることは、「資本主義的な動機とは無縁の、美しく奥深い経験」だと感じていた。しかし、その取り組みはある意味ですぐに変質したという。

「ガーナ観光局もこの取り組みに目をつけ、自分たちの観光プロジェクトの強化に活用した」。アサレ氏によると、「修復」よりも、観光客数の目標達成に重点が置かれるようになったという。

そして、帰国するディアスポラを、単に外国からの資金流入の手段として捉え、物価上昇や地域経済への悪影響をもたらすものとみなすことが多かったという。

アサレ氏は、地元のガーナ人が経済的に取り残されており、「今では基本的なものさえ買えなくなっていることに地元住民は気づいている」と説明した。

さらに深刻なことに、この取り組みの商業化によって、地元住民に加え、帰国したディアスポラにとっても切実に必要な、深い心理的な支援が覆い隠されてしまったと、彼は感じている。

「私たちは人間を相手にしている。私たちは人を相手にしている。アフリカに招く人たちを、『この場所を見に来て、入場料を払ってください』というだけの相手に矮小(わいしょう)化してはならない」

彼はまた、アフリカから離散した人たちのトラウマに対応することを目的の一つとしていた取り組みにおいて、例えば奴隷売買が行われた沿岸部の城などで、アフリカからのディアスポラの人たちがヨーロッパからの観光客と同じ入場料を支払わなければならないことも、疑問だとしている。

家々が密集している地域を高い位置から眺めた写真

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画像説明, ガーナの首都アクラのジェイムズタウン

アサレ氏は、これらすべてが、現代ガーナの地理と心理に深く刻み込まれていると彼が感じている、根深いトラウマに対処する機会の逸失になっていると主張する。

「今でも(アクラの)ジェイムズタウンに行くと、多くの人が身を寄せ合って暮らしている。『遠く離れて住んでいると、連れ去られてしまうかもしれない』という恐怖があるからだ」。アサレ氏はそう言って、何世紀にもわたる不安が、家を密集させて建てる理由になってきたと指摘する。

ジェイムズタウンは、アクラ市内でも最も古い地区の一つだ。もともとは、イギリスの沿岸要塞を中心に築かれたコミュニティーだった。各地から奴隷がそこまで連れてこられ、売買され、そこから米大陸に船で送られた。

アサレ氏は、真の補償的正義とは、金銭的なやり取りよりも、人間同士のつながりや癒やしを優先するものでなくてはならないと考えている。

「ばんそうこうを剥がし、その下で腫れている痛い傷を、大きく開いた傷口を、直視しなければならない」。アサレ氏は、自らが考える真の「補償」について、そう言う。「そして、どのようにそれを手当てし、治し、癒やせるかを考えなければならない」。

(追加取材:キャサリン・ワイアット)