チリ軍政時代の拉致事件で身柄引き渡し請求、逃れようとした女性が敗訴 豪州

画像提供, Alamy
ヴァネッサ・ブッシュシュローター中南米オンライン編集長
1970年代の軍事政権下の南米チリで反体制派を拉致・拷問した疑いがもたれているチリ人女性(72)が、移住したオーストラリアで、チリ政府による身柄の引き渡し請求の対象とされ、これを逃れようと裁判を起こした。女性は引き渡し請求には法的な欠陥があると訴え、審理は長年続いたが、豪連邦裁判所は6日、女性の訴えを退ける決定を出した。
アドリアナ・リヴァス氏は1978年にチリからオーストラリアに移住し、シドニーのボンダイ地区でベビーシッターや清掃員として働いていた。
チリ政府は、リヴァス氏がチリで暮らしていた時に7人の失踪に関与していたとして、2014年に豪政府に身柄引き渡しを請求した。
リヴァス氏は失踪への関与を否定している。
チリでは1973年から1990年まで、アウグスト・ピノチェト将軍による軍事政権が続いた。その間、4万人以上が迫害を受け、約3000人が殺害された。
豪メディアによると、今回の決定を受け、リヴァス氏は上訴する可能性があるが、上訴の根拠が認められるかは不明だという。
上訴が退けられれば、リヴァス氏は加重拉致の罪で裁判を受けるため、チリへ送還されることになる。
ピノチェト政権の被害者遺族を代表する弁護士は、遺族らがこの判断を「本当に、本当に喜んでいる」と述べた。
ピノチェト政権の秘密警察に所属
リヴァス氏は1973~1976年、ピノチェト政権の秘密警察「DINA」のトップだったマヌエル・コントレラス氏の個人秘書を務めていた。
人権活動家らは、リヴァス氏がこの期間、反体制派の拉致や拷問に、個人的に関与していたと主張してきた。また、DINAの工作員として動いていたとも指摘している。
DINAは、ピノチェト将軍が政敵を追い詰めるために設立された。同様の残虐さで知られた「CNI」に置き換えられるまで、数千人の拉致・拷問・殺害・強制失踪を実行したとされている。
チリの検察当局は、1976年に起きたチリ共産党のヴィクトル・ディアス書記長(当時)と、他の共産党員6人の強制失踪に、リヴァス氏が関与したと告発している。
これら7人はいずれも、拘束中に殺害されたとみられている。最年少は、当時29歳で妊娠中のレイナルダ・デル・カルメン・ペレイラ・プラサ氏だった。
チリ政府が身柄引き渡しを求めるために提出した文書によると、リヴァス氏は「監視役や、その他の現場任務に就きながら(中略)被害者らの拘束に加わった」とされる。
リヴァス氏は2006年、母国を訪問中に初めて逮捕されたが、保釈中にオーストラリアに戻った。チリ政府は2014年、正式に身柄引き渡しを豪政府に請求した。
リヴァス氏は2013年、豪放送局SBSの取材に対し、DINAでの年月は「人生で最高の時期だった」と語った一方、いかなる不正行為も否定した。
DINA職員による拷問について問われると、リヴァス氏は「人々を壊さなければならなかった。これはチリだけでなく、世界中で起きていることだ」と述べた。
映画監督のリセッテ・オロスコ氏が行った取材では、証言者らがリヴァス氏について、DINAでも「最も残虐な拷問者の一人」だったと主張。潜伏中の共産党指導部の殺害を任務としていた精鋭部隊「ラウタロ旅団」で重要な役割を果たしていたと述べた。
リヴァス氏は、いかなる拷問にも関わっていないとしている。
リヴァス氏のめいに当たるオロスコ監督は、5年をかけて同氏についてのドキュメンタリー映画を制作。同作品は2017年のベルリン国際映画祭で上映された。






