【解説】戦争の脅威は低迷する欧州自動車業界を救うのか

組み立てライン上の乗用車を横から写した写真と、軍用装甲車を前から写した写真がコラージュされている画像
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サイモン・ジャック・ビジネス編集長、セオ・レゲット国際ビジネス担当編集委員

緑色で、でっぷりとしたフォルムで、威圧感がある。米自動車大手フォードのピックアップトラックの最新モデルは、まるで「インクレディブル・ハルク」的な変身を遂げたかのような、がっしりした見た目だ。

人気の「レンジャー」シリーズをベースにしたもので、英ロンドン郊外にあるダゲナム工場の正面玄関前に1台停まっている。最大積載量は2トンで、4トンを牽引(けんいん)できる。そして、この工場でエンジンを製造している2000人強の期待を、一身に背負っている。

工場の中では、このカーキ色の大型車を動かす3リットルエンジンが製造ラインを降りてきている。このラインではこの10年、年間9万基のエンジンを製造していたが、現在では半分まで減らされてしまった。

フォードUKのトップは業界の現状について、自動車発明以来の厳しい時期だと説明している。こうしたなか、同社は軍用車両に軸足を移すことで、この工場の余剰生産能力を埋められるのではないかと期待している。かつて強大だった欧州の自動車業界は、次第に弱々しく見え始めている。だが、欧州諸国が再軍備を進め、防衛費を増額していることが、業界の再興につながると期待している。

白い建物の前に、カーキ色のピックアップトラックが停まっている。建物の外壁にはフォードのロゴが掲げられている
画像説明, 米フォードは、イギリス陸軍の「軽機動車両(LMV)」プログラムの入札に参加している

フォードはこのほど、防衛大手の米ゼネラル・ダイナミクスおよび英リカルドと合弁ベンチャーを設立し、英国防省に向こう5~7年で9000台の車両を供給する契約に入札した。イギリス陸軍は現在、「ランドローバー」をベースとした年季の入った車両を使用している。

フォードUKのリサ・ブランキン会長はこの入札について、防衛需要に素早く対応する能力を見せるチャンスだと話す。「メーカーとして、目の前に来た機会全てに目を通しているし、これはぜひとも有利を取りたい素晴らしい機会だ」。

フォードが防衛分野に注力するのは、これが初めてではない。

第2次世界大戦の直前、同社のダゲナム工場は欧州最大の自動車工場だった。

戦争が始まると、民間車両の組み立ては完全に停止し、同工場全体が軍事転用された。1939年から1945年の間、ダゲナム工場は連合軍のために36万台を製造した。

マンチェスターでは、英ロールス・ロイスの航空エンジン「マーリン」を、フォードの従業員らが製造した。このエンジンは、スピットファイアやハリケーンといった戦闘機に搭載された。

それから80年以上がたった現在、イギリスと欧州の自動車業界は、こうした戦争のためのエンジンが、業界を窮地から守ってくれると期待している。サプライヤーの一人はBBCに対し、業界の現状を「末期の衰退」と表現した。

イギリスの防衛支出計画を金額ベースで示した棒グラフ。全体的に増加傾向にあり、2021年の約400億ポンドから2026年には600億ポンド強まで上がっている。その後は2030年までに800億ポンド近くまで増額する計画。インフレ調整前の数値。出典は英下院図書館

ロシアからの脅威と、欧州を守ることに消極的なアメリカという現実を前に、欧州各国は防衛費を大幅に増やすために数千億ユーロを投じざるを得ないと感じている。そして、中国の競合に商業的に苦しめられている自動車メーカーが、この状況に着目しているのだ。

果たして欧州の再軍備は、危機に直面している自動車業界とサプライチェーンを救えるのだろうか。

防衛への転換

防衛を成長分野とみている自動車メーカーは、フォードだけではない。欧州各地の工場で生産能力が余り続ける状態で、その過剰な生産能力を防衛分野に転用できるメーカーは、フォード以外にもある。

仏ルノーは先に、防衛大手サレスと軍用ドローン製造についての戦略的合意を結んだ。毎月の生産台数を最大1000台まで引き上げることを目標としているという。フランス軍と軍備総局は、ペースの遅い旧来の防衛サプライチェーンを避けるため、ルノーの大量生産能力に目を付けたのだ。

ドイツではフォルクスワーゲン(VW)が、西部オスナブリュックにある低稼働率の工場の売却を決めた。この工場は今後、イスラエルの防衛投資会社との合弁企業の、軍事生産ハブになるという。

欧州連合(EU)の2018年以降の防衛支出の推移と2029年までの見通しを示した線グラフ。全体的に右肩上がりで、2018年の2000億ユーロ弱から、2026年には4000億ユーロを超えた。その後、2029年までに5000億ユーロを超えるとみられている。予測値は現在の価格で算出した。また、2018年の正確な額は入手不可だった。出典は欧州防衛機関

ランドローバーを手掛ける英ジャガー・ランドローバー(JLR)も、フォードと同じ英国防省の入札に参加している。イギリス軍は2030年までに、現在使用しているランドローバーベースの車両を退役させる予定だ。JLRはさらに、世界の軍事産業に参入するため、新たな専門部門を立ち上げた。

イギリスの自動車業界団体、自動車製造貿易協会(SMMT)のマイク・ホーズ会長は、自動車の過剰生産能力を防衛に転用することは理に適っていると話す。

イギリスの自動車業界とそのサプライヤーは、少数の大手工場に大きく依存している。日産自動車のサンダーランド工場、トヨタ自動車のダービシャー工場、独BMWのオックスフォードシャー工場、そして生産高が最も高いのが、JLRがミッドランズとマージーサイドに持つ工場群だ。

ホーズ会長はまた、イギリスの自動車サプライチェーンは非常に脆弱(ぜいじゃく)だと指摘した。

2016~2025年のイギリスにおける乗用車生産台数の推移を示した線グラフ。2016年には150万台以上だったが、2018年ごろに150万台を切り、2020年に100万台を切った。現在は70~80万台で推移している。この統計に商用車は含まれていない。出典は英自動車製造貿易協会

「イギリスの自動車生産台数は過去8~9年、減少し続けている」と同会長は言い、「10年前の半分になっているかもしれない。サプライヤーも10年前と同じだけの部品を製造できず、サプライチェーンが打撃を受けているのは明らかだ。生産能力が余っている状態だ。また、特定のメーカーに依存しているサプライヤーもいるだろう」と述べた。

だからこそサプライヤーは、「顧客ベースを広げ、防衛産業に移れるかもしれない機会」を歓迎するだろうと、ホーズ氏は結論付けた。

JLRはわずか数週間前、コスト削減とライバル(特に中国)との競争力を維持するため、イギリスで働く従業員3万人のうち4000人を整理すると発表した。同社に冷却システムの部品を納入しているエヴテックのデイヴ・ロバーツ氏は、この人員削減による影響を心配している。

「JKRは、イギリスの自動車製造の重要な部分を占める」とロバーツ氏は話す。「業界全体を一つにまとめる接着剤のような存在だ。JLR向けの生産量は、イギリスの他のどの自動車メーカーよりもはるかに多いのだから」。

「JLRが苦境に陥れば、その影響はサプライチェーン全体に深く及ぶだろう」

JLRの主要サプライヤーは先に、政府に対し、イギリスにおける自動車の大量生産が長期的な減少傾向にあると警告するとともに、JLRが航空・防衛産業に移行するのを助けるよう要請した。

工場の中で撮影された自動車のエンジン。青いパネルに白い文字で「イギリス製」と英語で書かれている

ウェストミッドランズのリチャード・パーカー首長は首相あての公開書簡で、イギリスの自動車サプライチェーンは「縮小」しているのではなく「間違った市場にいる」と指摘した。

この共同書簡には、合計8600人の直接雇用を抱える企業の幹部らに加え、労働者7万5000人を代表するイギリス金属成形業連合(CBM)も署名した。

書簡はまた、JLRの人員整理について、約18万3000人の製造雇用を支えている自動車サプライチェーンにおける「最初の目に見える亀裂」だと指摘した。

欧州自動車工業会(ACEA)のシグリッド・デ・フリース事務局長は、自動車業界は欧州各地で「最悪の事態」に見舞われていると話す。自動車メーカーは電気自動車(EV)への移行に数十億ユーロをつぎ込んでいるが、政府のEV販売台数目標が消費者の需要を上回っていると主張している。

そしてEVを買う人たちは、欧州自動車業界にとって最大の新しい脅威から、それを買っている。

つまり、中国から。

中国と電気自動車に悩まされる欧州メーカー

2000年代前半、欧米企業は中国を可能性の場所だと見ていた。同国で急速に増えていた中産階級は資金が潤沢で、利益率の高い高級モデルを含め、自動車への飽くなき購買意欲を持っていた。それはもうかる商売だった。中国市場は一時期、VWの利益の半分を占めていた。

しかし、この傾向は続かなかった。中国は自前の自動車産業を求め、EVを含むハイテク産業で世界のリーダーとなるべく、膨大な国費がつぎ込まれた。

現在、中国の自動車市場は国内外のメーカーであふれかえり、熾烈な競争が繰り広げられている。中国の自動車メーカーは外国市場に注目し、各国でのEVへの移行をシェア拡大への道筋とした。現在、BYDや奇瑞汽車(チェリー)、吉利汽車(ジーリー)といったメーカーが、欧州市場で攻勢をかけている。

2021~2025年にイギリスと欧州連合(EU)で販売されたバッテリー電気自動車(BEV)における中国製車両の割合を示した棒グラフ。イギリスでは20%後半から30%強を推移している。EUでは2024年まで10%未満だったが、2025年に20%近くまで急増した。これには米テスラやスウェーデン・ボルボ傘下のポールスターなど欧米メーカーのモデルも含まれている。出典は英自動車製造貿易協会

欧州の自動車メーカーにとって、この事態は最悪のタイミングで訪れた。

中国からの安定した利益の流れが途絶え、自国市場で中国メーカーが台頭してきたのは、各社がEV生産に巨額の投資を行った後のことだった。しかし、EVの販売台数は予想ほど急速には伸びていない。欧州メーカーの経営陣は、中国新興企業の低コスト生産や開発スピードに対抗するのに苦労していると認めている。

その結果、欧州各社はコスト削減に急ぐ一方で、販売できる台数よりも何百万台も多くの車を製造できる、巨額を投じた工場をどうするべきか悩むことになった。

VWはすでに、向こう数年で従業員10万人を削減する計画を発表している。かつては同社がドイツ国内の工場を閉鎖するなど考えられないことだったが、すでにドレスデンの1カ所が閉鎖されたほか、さらに4カ所で閉鎖が検討されている。その中には、10億ユーロをつぎ込んでEV製造ラインに転換されたツヴィッカウ工場も含まれている。この改修はわずか4年前に完了したばかりだ。

業界の推計では、西欧の自動車工場における過剰生産能力は、年間約250万台相当に及ぶ。

自動車各社が、欧州各国で急増する防衛予算に嫉妬の目を向けるのも不思議ではない。

ACEAのデ・フリース氏は、自動車メーカーは欧州の再軍備を支援するうえで有利な立場にあると話す。

「防衛産業が必要としている生産能力の多くは、自動車業界に必要な需要で、自動車業界が提供できるものでもある」

「自動車メーカーとサプライヤーは、産業資産、製造技術、流通能力、先端技術を持っている。そのサプライチェーンは巨大で、かつ高度に統合されているので、欧州が幅広く防衛準備態勢を整えるという目標に役立つかもしれない」

しかし物事はそれほどシンプルではない。セキュリティー対策、欧州域内での政治的・経済的な競争、そして戦時中でない限りは軍用車両の生産台数がマス消費市場に代わるものにはなり得ないという事実――。これら全てが現状の課題だと、デ・フリース氏は指摘する。

「軍事需要と民間市場は全く別の世界だ。各国政府は防衛能力に投資したいと思っており、だからこそ今、何ができるのか知るため、メーカーやサプライヤーへの関心がかつてないほど高まっている。だがそれは、現在の過剰生産能力の問題に対処するには不十分だ」

ニワトリ小屋にキツネを入れるのか?

もし防衛産業がイギリスと欧州の自動車製造が持て余しているギャップを埋められないのなら、そろそろキツネにニワトリ小屋の部屋を貸す時が、つまり、中国企業に欧州の製造施設に入ってもらう時が来たのだろうか。

稼働していない組み立てラインの運営にかかる巨大な固定費を相殺するため、欧州とイギリスの自動車メーカーは、その扉を中国の競合に開こうとしている。

英ヴォクソール(ボクスホール)、伊フィアット、仏プジョー、仏シトロエンといったブランドを所有するステランティスは先に、中国のEVメーカー零跑汽車(リープモーター)の株式20%を取得し、同社の欧州での生産でも提携した。リープモーターは2年前にポーランドでの自動車生産を開始したが、その後、欧州連合(EU)が中国製EVに高関税をかける案にポーランドが賛成したため、投票を棄権したスペインに製造拠点を移した。貿易をめぐる政治がいかに複雑になり得るかという、好例だ。

日産とチェリー・インターナショナルUKも、日産がサンダーランド工場でチェリー車両を受託生産することに関する調査について、拘束力を持たない覚書を結んだ。

VWグループのオリヴァー・ブルーメ最高経営責任者(CEO)は今年4月、VWの欧州工場の余剰生産能力を中国の合弁パートナーと共有することを考えていると発言した。

これはウィンウィンの関係につながる可能性がある。欧州の工場は追加の製造受注を得られるかもしれず、他方の中国メーカーも、EU域内やアメリカで自動車を製造し、そこから輸出すれば、販売にかかる高関税を避けられる可能性がある。

しかし、欧州で自動車を作るからといって、それが自動的に欧州にサプライチェーンを作ったり、サプライヤーを救ったりするわけではない。

一部の工場が最終組み立てのみを行う一方で、多くの自動車部品、特にバッテリーは、引き続き中国から調達されるかもしれない。

自動車製造は依然として、各国の主権的な生産能力の中核と見なされている。かつては、「ゼネラル・モータースにとって良いものはアメリカにとって良いものだ」が合言葉だった。ドイツではVWやメルセデスベンツ、BMWで、そしてイギリスではJLRで、同じことが言えただろう。

自動車工場はその地域の大口雇用主であることが多く、地元のサプライチェーンを支える存在だ。そのため、人員整理は特に大きな打撃となる。各国が自動車産業を保護し、維持しようと全力を尽くすのはそのためだ。

オーストラリアはその好例だ。2017年に現地生産された最後の1台が生産ラインを離れた時、同国は自動車産業だけではなく、エンジニアリングの考え方や重要な技術までも失ってしまったと、エヴテックのロバーツ氏は話す。

「次の10年で(中略)その影響は製造業全体に及んだ。オーストラリアはインフラ能力を失ない、先進的な製造能力も失った」

「オーストラリアは弱くなった。製造セクターではもはや回復できない」

フォードUKのブランキン氏は、今後5~7年でエンジン9000基を製造する契約が、ダゲナム工場がかつて製造していた年間9万基という数字に遠く及ばないことを理解している。しかし、どんな小さなことでも助けになると、同氏は強調する。

「大海の一滴だが、あらゆる機会に価値があるはずだ」

英国防省の報道官は、同省はイギリス製造業に現代の軽機動車両(LMV)数千台を製造する「中心的役割」を担ってほしいと思っていると述べた。

「我々はイギリス企業を後押しし、国内の防衛産業基盤を支援している。現在、我々の防衛支出の85%が国内にとどまっており、再工業化を推進し、防衛を成長の原動力にしている」

低迷する欧州の自動車業界が、防衛分野での巨額の支出の波に乗ろうとしているのは理解できる。だが、もしそれができたとしても、どうすれば自動車業界がかつてのような力を再び発揮できるのか、現時点で予測するのは難しい。